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松本勉 68才 兵庫県
(2013年8月取材)

転倒して頭を打ち全身麻痺に
 今年の2月11日、実家に用があって出かけた時の事、玄関で何かにつまづいたのかドテッと転んでしまったのです。私はてっきり脳溢血でも起こしたのかなと思いました。というのは、その時には意識があったのですが、起きあがろうとしても全然起きあがることができないのです。そのうちにスーッと意識が遠のいて、気がつくと周りに家族が集まっていました。それで、体が全然いうことを聞かないと伝え、救急車で病院に運ばれました。
検査をしてみると、頸椎が損傷していることがわかったのです。これは、私が転んだときに前のめりになっていたために、顔を地面に強く打ちつけ、その反動で頭が反り返って頸椎を傷つけてしまったようです。 
頸椎損傷という場合には2種類あって、動かすことができないのは同じなのですが、感覚があるものと無いものに別れます。足の裏をくすぐってみて感覚がない場合には、治る見込みがゼロなのでリハビリも治療もしないのです。私の場合には感覚だけは残っていましたので、幸いリハビリで治る可能性は残されていました。とはいえ、首から下はピクリとも動かない状態で全く先が見えませんでした。

自殺を考えるほどの精神的ショック
ほんの少し前までは何でもできた自分と、現状の自分とのギャップを受け入れられずに最初の3日間くらいは、ただ死にたいとばかり考えていました。「なぜ自分だけがこんな目に…」という悔恨、「一生このままだったら…」という不安、「家族に迷惑をかけてしまう」という自責の念、と様々な思いがのしかかり鬱状態でした。窓から飛び降りて死のうと思っても、体がいうことが効かないので死ぬこともできません。

娘に黒酵母βグルカンを無理やり勧められ…

そんな私に娘は「絶対に元どおりにしてあげるから」と、初日から黒酵母βグルカンを持ってきて飲むように勧めるのです。実は、娘は4年位前から黒酵母βグルカンを飲んでいました。妻(直美さん)も黒酵母βグルカンのおかげで癌がいよいよ手術というときになって消えたという経験をもっているのですが、家族の中で私だけ黒酵母βグルカンを信じていませんでした。だから、娘がせっかく持ってきても、初めは「そんなもの要らん」と、受け付けなかったのです。でも娘は、私が動けないのを良いことに、数種類の黒酵母βグルカンを4、5袋とカルシウム剤を無理やり飲ませ、首や肩、手や足の裏などに黒酵母βグルカンを塗ってマッサージしてくれました。麻痺をどうにかしたいとか回復がということよりも、娘は黒酵母βグルカンで希望を持たせて精神的な面を何とかしたいと考えてくれていたようです。

体の底から意欲が湧いてくる
 4晩ほどは泣いてばかりでした。そうしているうちに、ある日ふと体の底からものすごく意欲が湧いて来ました。「娘や孫のためにも、生きなあかん。私はまだ若いんや。「がん」ばろう!」という気持ちになりました。黒酵母βグルカンを飲み続けていると、どういうわけか気持ちが前向きになるのです。こういう神経の病気では、意識づけが大切だとお医者さんもおっしゃっていましたが、「きっと歩けるようになる」というプラスのイメージがどんどん湧いてきました。
2月中旬ごろリハビリも始まり、私は先生に「がんばるので、どうぞ早く歩かせてください」とお願いしました。3月1日には家に近い病院に転院したのですが、4日には車いすに乗れるようになり、14日には首のコルセットをはずし、30日には自分でご飯が食べられる状態にまで回復しました。

ついに歩けるまでに回復
そしてついに5月1日には介助者の手を借りながらですが、歩くことができるようになったのです。その時には、病院の看護婦さんや掃除のおばさんが、「運ばれてきたときには、釣り上げられたマグロが網に入ったような状態で来たのに」と、涙を流して喜んでくれました。
今は退院し、杖をついて近所を散歩したり、自分のことはほとんど自分でできるようになりました。病院での自分を見ている人には、ビックリされるほどの回復ぶりです。リハビリの先生も、これまでたくさんの人を診てきているけれど、こんなにも早く回復した人は初めてだと驚いています。

生命の大切さを伝えたい
 私はこの体験を小学生に聞かせたいと思っています。歩くことなんか何の努力もなしに、簡単にできると思っている子どもに、歩くということがどんなに大変なことかを知って欲しいと思います。いじめや自殺が横行していますが、与えられた命はどんなに尊いか、生命を軽く考えてはいけない、他の生命も自分の生命も大切なものだということを伝えたいと思っています。